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インテリアデザイナー・インテリアデコレーター・女性建築士です。WEBではインテリアの情報を発信中★

100枚のドレス

dress

Photo by Vincenzo Malagoli on Unsplash

子供のころ読んだ本に「100枚のドレス」(The Hundred Dresses )というのがある。

主人公のワンダは、転校してきた学校でいつも素敵なドレスの絵を描いていた。ワンダがそういう家に育ち、そういうドレスを持っていると言うのだ。けれど実はワンダの家はそうではなく、全てはワンダのイマジネーションだった、、、。という物語である。子供心に、すごく印象的な話だった。
物語ではクラスメイトの他の女の子達はそんなワンダを「うそつき」と非難し、ワンダはいじめにあう、。
しかしデザインコンクールで優勝を遂げた日に、再び転校していく、、、、、。
私は「なんて豊かな想像力をもった素敵な女の子なんだろう」と泣けてきて仕方なかったのを覚えている。

今はもう時代も変わっていると思いたいが、数十年前にこの仕事を始めようとした際に、「優雅な暮らしをしていないとできない仕事」と、とある所に書かれていた事を目にしたのだ。

海外の様に歴然とした「差」があれば業務上の「差」として語る事はあり得るだろうが、当時私はかなり違和感を感じた。

なぜかというと、それまで、店舗、都市計画、等々のデザインをしていたが、働くに際しては、そういった「事前の条件」を聴いた事など一度もなかったからである。

生きていると、本人の力のおよばないところで、環境ががらっと変わる場合もある。
良いほうにも、良くないほうにも。
それを「そういう暮らしをしていないからできない」と言うのは、大切な何かを放棄しているように思えた。
もちろん、性格的な向き不向き、などはあるだろうが、環境なんて、本人の責任でもなんでもない。

私なら、その「この仕事」は、人生経験の全てと、見たこと、聞いたこと、自分のイマジネーション、インスピレーション、全てを生かしてできる、苦労もあるけれど、素晴らしい仕事であると言うだろう。

ワンダの様な人を生むのは、物語の中だけで沢山であるし、ワンダのような人にこそ仕事を依頼したいというお客様は必ずいらっしゃるはずだから。

全然関係ないけれど、私は仕事は「糧」と思っている人間である。生活の為、子供の為、頑張って稼いで、思い描く「優雅」(??)の為に、「好き」とか「きらい」ではなく「できることはこれだけ」なので、頑張ろうと考えてきた。

であるならば、あらかじめ「優雅」である人の仕事は「糧」ではないのであろうか?
それとも、「優雅」+「糧」=∞??私には分からない世界なのかもしれぬ。

つまり、どこまで行っても、双方は平行線をたどるのだろうか。

しかし「仕・事」とは神聖なるもの。
どんな人間であろうと、どんな背景があろうと。頑張ったことに対しては、仕事は裏切らないのだと思う。

人生も終盤を臨む年齢になると、がむしゃらに働いていた時代を終えたこともあって、そういった事をよく振り返ってみる。

・・・・・・小市民のBBAの戯言でした!

(でも、実はまだまだよく似たエピソードはあります。
これはまた次の機会に。)

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